2つの学会の狭間、静岡小児脳腫瘍ワーキンググループの会に出席しました。これはわれわれの大学が事務局を担当して、今回2回目です。静岡県下の病院で小児脳腫瘍に関係して働く医師、つまり血液腫瘍小児科医、放射線治療医、脳神経外科医が集まります。まだまだ少人数ですが、小児医療で科を超えた医師が集まる会は余りありません。目的は、病児を抱えた家族に情報を発信することで、そのためにはお互いをよく知り、診断、治療のスタンダードを探り、グループとしての実績や成績を公表することです。水頭症や脊髄髄膜瘤児の家族の会はあり、それなりの情報を手に入れられるようですが、脳腫瘍についてはほとんどありません。私もセカンドオピニオンの外来をやっていますが、そこまでたどり着かないのが現状のようです。
なかなか勉強になり、いい会でした。 忙しい週でした。今週末に大きな学会があるためか、その前にとばかりに皆手術予定を入れます。マイナー手術、血管内をあわせて9例というペースでした。
そんな中、脊髄係留症候群患児のuntetheringを手術をしました。アメリカ時代は1日2例くらいあるような頻繁に行う手術でしたが、今の病院では誰も見たことがありません。そのため多少やりにくかったものの、十分勝算はあったので何事もなく終了し、児は明日当たり退院できるでしょう。 今月後半は学会が重なっていて、週末は疲れた体に鞭打ちながらポスター作り、スライド作りです。 いつの間にかゴールデンウィークも終わり、もう5月も中旬です。やはり転勤すると落ち着くまでこれくらいかかってしまいます。
今の病院はこれまで小児症例は極わずかでしたが、需要がないというわけではないようです。見逃されている、見過ごされている子供たちは実は多いような気がしています。本来手術を本業とする外科医としては専門医一人当たり年間100例くらい手術したいところですが、日本ではなかなかそうはいきません。でも何とか週1くらいのペースにしたいものです。科学に立脚した小児脳神経外科学、児の20年後のための小児脳神経外科を目標に掲げました。 以前紹介した脊髄髄膜瘤の児はシャントを設置し元気に育っています。昨日外来にやってきましたが、大分大きくなっていました。彼女が育っていくのを見守る楽しみがまた一つできました。 先週初め、脊髄髄膜瘤の児が生まれたので着てくれと大学から電話があり、翌日手術してきました。比較的小さな脊髄髄膜瘤で、術後経過も順調です。この何年かは、この手術をする人が不在で、児は他の病院に搬送されていたようです。オンマイヤレザバーも留置し、水頭症管理もしていますが、やはりシャントは必要そうです。
シカゴのDavid McLoneが脊髄髄膜瘤の閉鎖術を始めるまでは、脊髄髄膜瘤患児は感染症で亡くなっていました。McLoneが閉鎖術を始めたとき、人々は”お前は馬鹿か、どうせ助からないんだから、やっても無駄だ”といったそうです。しかし閉鎖術は成功を収め、現在では脊髄髄膜瘤を持って生まれても成人できるようになっています。これがわずか30年くらいの間の出来事です。そして、現在では出生前診断ができるようになりました。妊娠25週以前に診断がつくと、胎児手術がアメリカでは行われるようになりました。施行している2施設の成績では、短絡管設置を必要とする水頭症の発生率が半減し、キアリ奇形II型も有意に減少するといいます。なかなかの成績ですね。
現在の病院では独自の研修プログラムを引き、毎年6人の研修医を受け入れています。今週、2年の研修を終える6人を含めた退職する医師の送別会が医局で開かれました。退職する人が順次挨拶するのですが、驚く事にその6人中4人が小児科医になるといいます。結構な高確率ですね。今の若い人はもっとQOLの高い科に行くのかと思っていましたが、必ずしもそうではない事が分かり驚愕の反面、うれしくも思いました。 残念ながら、脳神経外科医になる人はいないようですが。
また、後期研修医の先生は夜中1時、2時まで病院に残っています。我々の頃はまだそれが当たり前だったのですが、今でも研修医は病院に住む人という事なのでしょう。 アメリカにいた時、日本の研修医のニュースを聞くたびに今の若い人は、と思っていましたが実は必ずしもそうではないような気がしています。それよりもむしろ、システムを作ったり、運用したりする側に問題があるのでしょう。4月からまた学生を含めた若い人を育てる立場となります。若い人たちが目を輝かせながら仕事ができる環境を提供したいものです。 先週の出来事。
水曜日に当直していると、NICUの先生からコンサルトの電話がかかってきました。 症例は日齢0、体重2400g 水頭症の児です。エコーとCTから片側のモンロー孔が嚢胞により閉塞している片側性の水頭症と診断できます。神経内視鏡による治療が可能と判断し、翌日大学へと電話をしました。神経内視鏡を有している施設はまだそれほど多くなく、我々の所にはありません。そこで私が属する大学に受け入れを頼んだのですが、返ってきた答えは”受け入れ不可能”。NICUが満床、ICU、一般小児科病棟では診られないというのがその理由です。仕方なく内視鏡をもって手術に来てもらいました。金曜日の夕方に手術を行い、経過順調です。手術翌日には名前も決まり、もう少しで退院できます。 帰国してから7ヶ月、医療崩壊と叫ばれつつもその事実が切実にわが身に降りかかる事は無かったのですが、やはり小児医療は限界を超えているのでしょうか?今回は看護サイドが受け入れを拒否した様ですが、医師サイドでも同じ事は起こりえるでしょう。最後の砦になる、といった覚悟がないということでしょうか? 先週の日曜日、同門会の研究会というのがありました。初めての出席だったのですが、以前にいた医局のものと比べるとこじんまりしてはいましたが、レベル的にはそこそこでなかなか良かい会でした。我々の施設からも後期研修医の先生に発表してもらいました。私が赴任してから経験した珍しい小児例を発表してもらいましたが、一応勉強のために抄録、スライドの初版は作ってもらいました。最終的には全て作り直し、私好みのスライドで発表してそれなりの反応がありました。
仲間の集まりである同門会の中であっても、新参者がその存在を知ってもらうためには、今回のような発表でも疎かにはできません。少しばかりまじめにやってしまいました。よく言われるように小さな仕事でも、最終的に論文にして一通り終了します。その意味でも研修医の先生には日本語でもいいので形にしてほしいものです。多分その前に私が英語で投稿してしまうかもしれません。 更新です。年末年始が忙しかったせいか、1月中旬に疲れきっていましたが幸運にもその頃は重症が少なく何とか無事に過ごせました。学会の抄録提出や頼まれ原稿の締め切りがあったりしましたが、これも無事終わり先週提出。同門会の研究会が今週末にあり、そのスライド作りの手伝い、というかほとんど作ってあげましたが、で3連休もつぶれてしまいました。
そんな中、小児科フォロー中の日齢47の児の症状が進行し、緊急の手術をしたりもしました。術後経過は順調だったので、術後5日目に退院、今日=術後12日外来を受診しました。大泉門の張りも無くなり、哺乳も増えているようでまずまずといった感じです。成長を見守るという楽しみがまたひとつ増えました。
新年明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願いいたします。
今年は、日本での飛躍の年に、と思っていますがどうなることやら。 年末のまとめを少し。 前回紹介した児は無事に術後3日目に退院しました。麻痺の改善も見られ両親はハッピー。 翌週行った5歳、キアリ奇形の患児も術後4目には退院し、元日の誕生日までには退院するという約束を果たしやれやれ。 28日の外科当直と29日夕方までの脳外当番をこなせば2006年の仕事は終了のはずだったのですが、現実はそんなに甘くはありませんでした。27日深夜にに緊急手術で呼ばれ29日の夕方までほとんどノンストップ。当番を交代して家族の基へ帰った4時間後、かかってくるはずのない病院からの電話から、ズバラが来たよと聞こえるではありませんか。ズバラとは私がトレーニングを受けた施設での業界用語でSAHの事。すぐに病院へ駆けつけそのままクリッピングの手術をやり、夜な夜な帰宅。翌朝のCTで脳腫脹が強く再手術。その間にもあふれかえる救急外来に呼ばれる事6回。われながら良く働いているものだと感心しつつも、最近のマスコミ報道は医療側へのバッシングだと知り悲しくなる。 そんな忙しい最中お会いしたある人の言葉。アメリカで臨床トレーニングを受けた医師が見てきたものは、10年先の日本の医療事情だという事。確かにと感心しつつ、現在のアメリカ医療が抱える悪の問題を、今後の日本医療が繰り返さず避けて通れるように、何か発信したいと思う年頭である。
成人医療が中心の一般市中病院でも、結構小児症例があることは先回紹介しました。最近担当した3例の手術適応症例で、病状説明中に母親が泣いてしまうことが連続してあったので今回はそんな話題を。
特に感動的な話をしている訳でもないし、もちろん怒ったりしている訳でもないのですが患児の母親が泣き始めます。病棟で説明していたので、いつの間にか周りは黒山の人だかり。何だか、悪者は私だけ、って感じ。 この患児たちに共通しているのは、病歴が長い、いわゆる慢性的な疾患であるという事。これまで接した医療者もそれなりの対応をしてきたとは思いますが、病気が慢性化するに従い差し障りのない対応になっていった事は否めません。誰も手術など勧めませんでした。そんな折、この子の20年後のために、などといって手術を勧めたので家族は大変です。 小児脳神経外科医療に対してだけはそれなりに自信がありますから、いつもセカンドオピニオンを聞きに行ってもいいし、他病院で手術してもいいですよとお話しますが、今回の家族は、先生に手術をお願いしますと言ってくれました。その内の1例が昨日手術を終え、手術目的は完了しました。後はこの子がどう育っていくのかを見守るのが楽しみです。
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